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映画館にとってエンタテイメントとはなにか? 立川シネマシティ、効率化と真逆を行く戦略

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ“の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、連載開始2周年を迎える第24回は、それを記念して本質的な話をさせていただけたらと思います。“エンタテイメントとはなにか?“というテーマで。

 実はこの連載、小さくしか書かれていないのでほとんど気づかれていないと思いますが「娯楽(エンタメ)の設計」というタイトルでやってます。これは我が敬愛するエルンスト・ルビッチ監督作『生活の設計』をもじったものです。

 これまで映画館としてどうやってお客様にエンタテイメントをもたらしていくかということを、具体例を挙げて書き連ねてきましたが、区切りが良いのと、年の初めということで、そもそも僕がエンタテイメントをどういうものと考えているかを書こうと思います。

 エンタテイメントという言葉は、日本では、例えば華やかなステージでの歌とダンスとか、大爆発&カーチェイスとかを売りにしている映画なんかを指すことが多いですね。悲劇とか、偉人の伝記とか、社会問題を告発するものにエンタテイメントという言葉はあまり使われません。

 ですが僕は「娯楽」という言葉をもっと広義に捉えています。マイナス感情や知的な思索を促されるものであっても、なんらかの心動かすものであれば、それは突き詰めれば「娯楽」であると考えるからです。

 人によっては、不道徳で残酷な映像や写真に胸ときめくし、難解な数式だらけの専門書にも興奮をかきたてられます。つまりあらゆる行為が「娯楽」になり得る可能性を孕んでいるということです。

 最近の映画ネタに関連付けて言うならば、たとえば『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』の賛否を議論したり、アカデミー賞ノミネートの傾向を分析して結果を予想したり、「#MeToo」問題についての最新動向を追うこともまた、「娯楽」になり得ます。

 逆に言えば、人生は死ぬまでの暇つぶしなどとよく言われますが、そう定義づけると、呼吸するとか血液を循環させるというようなこと以外は、人間の行為すべては「娯楽」のためということになります。むろん、そこまで行ってしまうと「娯楽」という言葉の意味がかなり希薄になってしまいますが。

 紙幅も限られますのでカンタンにまとめますと、希望、興奮、快楽、スリル、歓喜やなんかだけでなく、人は絶望、哀しみ、憐れみ、恐怖などの感情も「娯楽」として求めることもあるし、物理学の難問を解くということや、社会が抱える問題を憂えてみせること、健康に悪いと知りつつ何かの中毒に陥ることも「娯楽」であるというのが、僕がこの連載で書いている「娯楽」の定義です。とにかく人はどんな瞬間も「感情を動かし/動かされたがっている」と僕は考えます。退屈に耐えられないのです。

 では、その欲求にどうすれば応えられるでしょう? そのひとつは「想定以上であること」。これを提示することが「楽しませる/エンターテインする」ということです。

 映画なら、遥かに観客の想定以上の献身的な愛を見せられたとき、想定以上のおぞましい怪物が襲ってきたとき、想定以上の美しい映像が映されたとき、その作品は傑作と称されることになります。日常ではついぞお目にかかれない、犠牲、暴力、美貌、誠実、狂気などを求めて、人は映画を観るわけです。想定以上、つまり、驚きです。驚きこそが、すべての感動の源泉なのです。

 脳は、情報処理を効率化するために、経験したあらゆることをパターン化して、以前に見たものは再び見てもよく見えなくなります。感じてもあまり感じなくなります。差異しかはっきりと認識しなくなるのです。それが脳の構造です。ここに刺激を与えることが「娯楽」ということになります。そして脳は、刺激を欲しがっている。

 エンタテイメントとはこのようなものだ、ということが自分の皮膚感覚にまで染みこんだら、僕のような映画業界の末端の仕事に従事する者であっても、強力な指針になります。

 例えば僕が企図した【極上音響上映】【極上爆音上映】は、デジタル化でどんどん容易に効率的に上映できるようになっていることへのカウンターであるわけです。

 今の映画館は、ハードディスクで届く作品データをサーバに入れて、開始時間をプログラムすれば、あとはオートで灯りを消して上映が始まってくれます。終わったら灯りを点けてくれます。フィルムで上映していた時代に比べ、格段に手間が減りました。

 にもかかわらず、わざわざ外部の音響の専門家にギャランティを払ってお呼びし、時には作品を手掛けた監督や音響監督、プロデューサーにもお越しいただいて、1本1本の作品を出来る限り良い音で届けるために時間とコストを掛けて調整を行い、手を尽くすわけです。

 最近の具体例を出すならば、『響け!ユーフォニアム』の2本の劇場版の上映を1月27日から各2週間ずつ、新作は1週ずらして2月3日から上映を行うのですが、この音響調整のためにわざわざ鶴岡陽太音響監督にご来館いただきました。

 1本目の『劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』は以前も同じように監修していただいたのですが、その時からいくつか設備を入れ替えたこともあって、ほとんどゼロからやり直しになりました。2本目の『劇場版 響け!ユーフォニアム~届けたいメロディ~』は初めての調整だけに、より念入りに。そして『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』から変わったという鶴岡さんの嗜好に合わせて調整し、消失点がわかるほど音のパースペクティヴを美しく聴かせる、2018年の『響け!ユーフォニアム』と言うべき音に仕上がりました。

 出来た音については、好き嫌いがあるでしょう。しかし、1本の映画を上映するのに、ここまで手を掛けている映画館は他にそれほどないはずです。僕らはこのために毎週のように営業終了後の深夜から朝にかけて音響調整を行っており、生活のリズムはメチャクチャです。当然昼間の仕事もありますから、うまく眠ることができないようになってしまいました。

 しかしこの、そこまでするのか、というのが「エンタテイメント」になるわけです。まともな会社ならこんなことはやらないし、許されないからです。大手チェーンの効率化と真逆のことをすることで「差異」を生み、その「差異」が映画ファンの脳を刺激し、心を動かします。

 他にも例をみないほどの高額で高性能な音響機器を導入したことや、一部劇場を超高級スクリーンに張り替えたのも「想定を越える」ためにやったわけです。映画そのものだけでなく、映画館でも楽しんでもらおうということです。想定を越えたとき、なんであれそれは「エンタテイメント」になり得るのです。そしていかなる種類のことも「エンタテイメント」にできるはずなのです、人生が死ぬまでの暇つぶしであるのならば。

 僕の“娯楽の設計”の第一歩は、それは「驚き」を生み出せているかどうかの確認です。そこまでいくのか、そこまで考えているのか、そんなことをやるのか。きちんとそういうものになっているか。人の心を動かすのに何をすべきか、それ自体は斯様にシンプルです。実現には常に多くの困難がつきまといますが、この羅針盤を手放さなければ、進んで行けるはずです。

 僕には今年もすでにいくつか「驚き」を放つ準備があります。世界中をより良くするのはさすがに荷が重すぎるけど、この国の映画ファンだけでも、もっと幸福にしたい。

You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

※これは世界初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』のセリフから。音を売りにする映画館の人間として、敬意を表しての引用です。
(この記事はエンタメ総合(リアルサウンド)から引用させて頂きました)

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